カイロプラクティックって?②
ども!たいなか施療室の田井中です。
それでは前回の続きいきたいと思います。
前回は、カイロプラクティック誕生当初の最初の定義をご紹介しました。
カイロプラクティックの生みの親D.D Palmer(今後はD.Dパーマーと記述)先生による定義でしたね。
この定義は非常に哲学の色が濃いものになっています。
病気というのは先天的知能(Innate Intelligence:生まれながらにして持つ知能)が100%働かない状態で起きるもの。
自然治癒力も先天的知能の中に含まれます。
それらが100%働かない原因が椎骨の変位(脊椎サブラクセーション)なのである。
それを手のみによるAdjustment(矯正)によって取り除く。
そうすれば先天的知能が100%働き病気は治癒する、もしくは病気にならない。
ようするに、治癒というのは患者自身によってなされるという考え方なのです。
ですので、あくまでもカイロプラクターは、そのお手伝いをする存在なのです。
病気や症状を取り除くのではない、あくまでもサブラクセーションを取り除き、患者自身の先天的知能を100%働かせる状態にすれば、患者自身の治癒力で病気や症状を治癒させることが出来るという考え方なのです。
かなり生気論寄りの考え方ですね。
しかし、時が経つにつれ科学派(ナショナル学派)と言われる指導者たちが現れます。
伝統的カイロプラクティックに、更なる科学の光を当てたのです。
そうすると当初の定義では、つじつまが合わないことが、たくさん出てきたんですよね。
そこで新たにナショナル学派によるカイロプラクティックの定義が作られました。
この定義は現代カイロプラクティックの標準的な考え方の基本になっています。
それを次回ご紹介したいと思います。
次回に続く